新年のメランコリー

1月9日(日)、今年になっての初登山。葛城山。中腹あたりから雪。雪山を歩くと動物の足跡がよくわかる。兎、猪、鹿など動物は結構いるのである。また猪が山道のあちこちの土を掘って、ミミズなど餌探しをした痕などはしょっちゅう見かける。
正月の2日、堺から阪和道を和歌山に向けて走ったのであるが、その間狸3匹、兎1匹の車にはねられた骸を見た。
人間以外の動物は、餌を探し天敵に怯えながらただ生きるだけである。人だけが、生にその意義や目的を生に見出そうとする。例えば事業を起し、人を雇用して世のため人のため、といったところで、よくよく観察すれば、畢竟己の、生存本能の為せる業であったり、名誉心であったりする。
純粋に利他を思う心などない。しかしそうかと言って、やはり人や国や社会に対する思いがないわけでもない。
心の不思議を思う。こんなことを書くのは、やはり年の初めだからである。今年をどのように生きようか、と考えたとき、例年に増して、虚無がポカッと口を開けている。これは私の年齢も関係していると思う。所詮先は知れているのだ。
これからの人生を、どのように歩もうと青史に足跡を残すなど到底不可能だし、死ねば水に石を投げたようなもので、少しの波紋を残し消え去る。
人生無目的、というのが今の偽らざる感想なのである。殊更この世に生を受けた意義など問うても、妄想の世界に嵌るだけだろう。
思えばこれまで、実態のない己を鼓舞し、励ましながら生きてきたような気がしないでもない。虚を励ましたところで、所詮虚は虚であるから積算はできない。従ってエネルギーにはならないのである。
昨年の暮から、どうも気が滅入ってしまっている。修復にはしばらく時間が係りそうなのである。
なぜこのようになってしまったのか。思い当るふしが一つある。
昨年12月になってから「おんな船頭唄」が口を吐いて出るようになった。
唄ったのは三橋美智也。たしか次のような歌詞である。

 嬉しがらせて泣かせて消えた
 憎いあの夜の旅の風
 思い出すさえざんざらまこも
 鳴るなうつろうなこの胸に

 所詮かなわぬ縁の恋が
 なぜにこうまで身を責める
 呼んでみたとて遥かな灯り
 濡れた水竿が手に重い

 利根で生まれて十三 七つ
 月よ私も同じ年
 かわいそうなはみなしご同士
 今日もおまえとつなぐ船

 いい唄なのだが最初から最後まで暗い。どうやらこれが私の心に影響を及ぼしているのかも知れない。しかしこの唄がどうして私の口からでるようになったのだろう。
心が唄を呼んだのか。唄が心を変えたのか。

昨年暮に書いた「同行2人」の訓練にしても、どうも上手くいかない。相変わらず歩くときはボーとしているし、電車に座って阿吽の呼吸をすれば眠くなる。寝て観相に入れば足がむず痒くなって、やはり直ぐに寝てしまう。
「同行2人」とは、つまるところ自己が自己を観察することなのであろうが、私の場合それぞれの自己の一方はアダムカドモンなどではなく、自己が分裂しただけの、いわば細胞培養したような自己なのである。
いやもっと有態に自己観相をすれば、分裂した自己が増殖して、次から次へと現れてくるといったほうが正確かも知れない。
人生無目的。鬱に落ちるか躁に昇るか。本当にそろそろヤバイかも。
皆様方は私に感染しないで下さい。