脱税の掟

平成22年12月2日から平成23年1月27日までの9回に分かれて、日日新聞に掲載される文書です。

平成22年10月11日
 特定非営利法人関西事業再生支援センター
理事(税理士)倉矢 勇

1脱税の心理学
 昔、といっても15年ぐらい前でしたか。ある学者が日本は税率の高いのが問である。所得税を一律10%にすれば、それだけで公庫は潤うし、10%ということであれば納めやすくなるから脱税もなくなる。
といったことがあります。しかし、税務に携わるものから見ると、これはかなり乱暴な意見です。年収200万円の低所得者にとっては10%という税率は途方もなく高く感じると思います。
年2千万円の高額所得者にとって、それまで40%であったものが10%ということになれば、下がった当初は安く感じるでしょうが、10%という税率に慣れてくれば、200万円の税額は多く感じることになるでしょう。
税というのは「率」だけでなく、「額」からも考えねばなりません。
脱税というのは、単純に税金が高いから、という側面だけではなく、将来の不都合に対してお金を残して置きたいということもあるのでしょう。
また税を誤魔化すということそのものにゲームをするような快感を味わうという心裡が働いていることもあるのではないかと考えます。
日本において国税の徴収権は7年で消滅します。すなわち7年間さえ隠しおおせれば、無罪放免となるわけです。こんなところにも、安易に脱税に走る風潮があるのかも知れません。また戦後の一時期、占領軍徴税督励により、税収確保目的の強制的・恣意的な手段による課税が行われ税務署は税収確保を目的とした更正決定を乱発したことがありました。
それこそ身ぐるみ剥がされるような、苛斂なる調査が実施されたのです。日本の申告納税制度は、このように不幸な出発をしていることも、国民の間に脱税に罪悪感を生まない風潮を生んだということもいえます。
いずれにせよ脱税というのは、税制度がある限り無くなるものではない、と思います。今回はこの脱税ということについて、専門的なことではなく、社会的現象面から観察してみることにします。

 2脱税
今回のテーマは「脱税」です。例えば某大手企業が課税所得で20億円の脱税をして新聞紙上を賑わしたとします。また同じ日の新聞で、ある中小企業も脱税をしたとの記事がでました。その額は5億円。どちらもその修正を済ませ、各種加算税の納付も終えました。
ところがこの二つのケースで圧倒的に違うことがおきます。前者大手企業は、修正申告のみで終わりました。ところが中小企業の方は、告発され経営者に実刑がつきました。なぜでしょう。それは、脱税額の率の違いによるものです。
大手企業の脱税をした所得金額は20億円ですが、その当初の申告と合わせたところの申告所得額は100億円であったとします。すると誤魔化した所得というのは、率にして20%に過ぎません。
他方中小企業の方といえば、もともとロクに申告などせずに、国税調査を受けて5億円の脱税を指摘されたていたのです。殆ど100%が脱税というわけです。
すなわち告発されるか、修正申告で済ませられるかの違いはここにあります。脱税というのは、国税当局との見解が相違したケースもありますが、その多くは所得を意図的に隠していることが多く、架空の伝票を入れ、あるいは通謀して虚偽申告をしております。
せっかくの利益を税金でとられるのが欲しい、将来の経営危機に備えたいといったところでしょうか。しかし法人税を脱税した結果、地方税や消費税をも脱税してしまうことにもなりますから、それに伴って発生する重加算税や延滞税を考慮に入れますと、脱税所得額のほぼ100%が税金ということにもなりかねません。

3脱税報道から見える企業リスク
 中小企業の親父さんが、脱税をして告発されるケースというのは、告発されることでそれが世間に知れ、社会的制裁を受けることになります。
しかし大手企業が所得100億円のところ20億円だけ脱税したとしても、告発をされることはありません。しかしそのことが記事となって新聞紙上を賑わすことがあります。告発もされておらず刑事事件でもないのに、なぜ報道されるのでしょうか。調査をした国には当然守秘義務がありますから、公務員が、リークすることはありません。その大手企業も世間体がありますから、自らの脱税額を公表することはないでしょう。
にも拘わらず、記事になってしまった。なぜでしょうか。このケースは殆どが内部告発であろうと思われます。つまり大手企業が脱税をして、新聞紙上に乗るケースというのは、企業内における誰かががこっそりと、マスコミに情報提供をしている可能性が高いわけです。
税務調査があったことを知り、尚且つその詳しい脱税の内容を新聞社に売るのですから、社内においては、それなり地位に付いている人であることが考えられます。このことをどのように考えればいいのでしょうか。世間が羨ましがるような著名な企業に思えても、内部は結構ドロドロということはあるのでしょうね。
脱税というのは、このように、そこから別の企業リスクが見えてくることもあるのです。ただ最近は移転価格税制を巡り、国税とその解釈の違いから、訴訟を起こした結果、新聞報道になったというようなケースも見られますから、脱税報道が必ずしも、企業不祥事ということでもありません。

4国が意図的に流す脱税報道もある
 今年の秋、関西で人気の釣りスポットである和歌山県串本町のある釣り船や民宿を営む法人が大阪国税局の税務調査を受け、2009年までの数年間で計約3億円の申告漏れが指摘された。ということが各紙殆ど一斉に報道されました。先回はこのコラムで脱税報道は殆どが内部告発である、と書きましたが、このケースは国税当局が意図的に流したものであろうと、思います。
というのは、脱税者を特定せずに、しかも私が確認しただけでも、同日、3紙の社会面に載っていました。この記事にはいずれの新聞もその調査手法まで書いていました。すなわち串本町を所管する新宮税務署の職員が中心となり、調査官が釣り人を装って乗船し、実際の利用客の数などを把握した上で、帳簿との矛盾点を指摘した、と紹介されていました。
つまり調査官は自らが乗船した釣り船の日付と時間を記録しておき、その確定申告が提出されるのを待って調査に赴き、自分が乗った事実が申告されているかどうかのチックをしたというわけです。
もしその乗船料が申告されていなければ、脱税ということになります。これがなぜ、税務署側からのリークであるかが分かるかといいますと、調査の手口が書かれていたからです。もしこれが、記者が自らの足で調べたものであるなら、調査手法についての言及はないものと思います。
ではなでこのような記事を国税当局がマスコミに出したか、というと、全国の業者に警告を与えたかった、という点に尽きます。このケースはまた特定の業者を槍玉に挙げたわけでもありません。各紙に一律的に流すことで、脱税行為の抑止力となります。

5節税と脱税の見極め
 では節税と脱税をどこで見極めるのか、ということです。妙な例え話を出しますが、ある酒の好きな人が、毎日晩酌に日本酒1合、あるいはビール1本を飲むというのであれば、酒は百薬の長として、人体にはいいかも知れません。しかし毎日ウイスキー1ℓを飲み続ければどうでしょうか。そのうち体がパンクすることになります。
つまり同じ行為であっても、少しずつであれば節税となって脱税にはならず、多くを一度にやれば脱税なるのか、ということですが、脱税というのは本質的にこのような問題ではありません。仮に売上をごまかしたとして、それが5円であろうと1億円であろうと脱税は脱税です。
ただ5円の場合は、目立たないだけで、見つからないかも知れないし、見つかっても大事にはならないだけです。
また領収書さえあれば、何でも費用となる、と思っている人もいますが、費用となるかどうかは、その企業目的との関連で把握されるべきものです。
前回にちょっと触れましたが移転価格税制問題のような問題というのは、これは国と国との所得の分捕り合戦のようなところがあり、日本から国外関連者に安く輸出をしたとしても、そこには企業としての経済的合理性があるのであれば、必ずしもこれを以って脱税ということにはなりません。
日本国からすれば、安く輸出することで、日本に落ちるべき税金が、国外に持っていかれたということになります。でもこれが脱税かと言われるとどうでししょうね。脱税というのは、簡単な例を上げれば架空の仕入を起こしたり、あるいは明らかに売上を除外したりすることです。

6金券ショップ
街でよく見かけるものに、金券ショップがあります。最近世の不景気も手伝ってか金券を扱う店が増えているように思います。
商品券などは、券面金額の98%程度で売られていますが、この買取価額は90~95%。葉書は額面の97%程度で売られ、この買取価額は80%程度と云われています。
私もたまに金券ショップを覗くことがありますが、気になるのはその仕入ルートです。まあ商品券などは、その大半がお中元やお歳暮で頂戴したものが持ち込まれているのでしょうが、では葉書や切手類になるとどうなのでしょう。想像でしかありませんが、企業が大量に購入し、これを金券ショップに持ち込んでいるのではないか、という風に考えています。
上記の商品券と葉書のマージン率を見ましても葉書の方が圧倒的に高いのです。ということはやはり金券ショップに切手や葉書を持ち込む側に弱みがあるのではないでしょうか。金券ショップというのはリサイクルショップと同じで平成7年から都道府県の公安委員会に届け出が必要になっています。
また信用保証協会の信用保証対象外であり、制度融資の利用はできません。金券ショップというのは、社会から公知された商売ではないのです。
あくまでも推測の域を出ませんが、金券ショップに持ち込まれる葉書などは、企業で購入され、それが、誰かの手を通じて金券ショップに持ち込まれているように思います。
ひょっとするとそれは、会社の気がつかないところで行われている可能性もあるのです。会計士の監査や税務調査でも通信費を丹念に調べることはあまりないでしょうから、この辺は税務調査の意外な盲点であるかも知れません。

7相続税
 相続税が高い。ということは日本人の頭に染み付いています。詳細は紹介できませんが、それほど高くはありません。しかも日本で相続税の納税者となるのは、100人中5人ほどです。
つまり100人亡くなっても、相続税を納めなければならない人というのは5人しかいないということになります。また国税の中でも相続税の税収は多くありません。年間でせいぜい1兆円程度です。
これは国税の全体収入が40兆円程度としても、そのうち相続税が1兆円程度ですから、いかに相続税が少ないかということが分かっていただけるのではないでしょうか。にも拘わらず相続税が国民の間で深刻な税制と思われているのは、私の観るところ多分それはマスコミの影響です。
マスコミが、たまに発生する相続税の脱税を仰々しく発表するからです。相続税の脱税がマスコミを賑わすのは、「誰某がナンボ貯めていた」という庶民感覚としての嫉妬心に火をつけるに十分な要素があるからです。
それに法人税や所得税などは毎年発生し、確定申告が必要になるのですが、相続税はそうした馴れがないところである日突然に発生しますから、脱税という意識が薄かったり、あるいは、脱税の怖さを知らなかったり、ということがあるのではないかと思います。
最近私が相談を受けた事例などでも、たまたまご主人を亡くされ別の案件で弁護士さんに相談をかけたところ、相続税の問題があるかも知れないということで、私のところに見えた方がいらっしゃいました。
本人は相続税を納めなければならないとは思ってもいなかったようです。ちなみに現在の相続税法では、妻と子供2人の場合、8,000万円の財産までは税金を納める必要がありません。

8質問検査権
 質問検査権という言葉をご存知でしょうか。税務調査という言葉は頻繁に聞きますが、質問検査権についてはあまりご存知ないのが一般的であろうかと思います。平たく云えば、一般税務調査における調査官の調査権限のことです。ここでいう質問とは、疑問又は理由を問いただすことであり、検査とは基準に照らして適・不適や異常・不正などを調べることです。
税務調査を拒否することはできませんが、調査官に調査に関して行き過ぎがあれば、これを咎めることはできます。これが質問検査権の意味です。従って一般的調査では調査官に対象者の住居への立入権はありません。
住居・営業所に税務職員が無断で立ち入ることは違法ですから、これを拒否することはできます。税務職員にできるのは質問と業務に関する帳簿書類その他の物件の検査だけですから、勝手に引き出しを開けるような行為はこれは「捜索」となり、もしこのような行為を拒んだとしても、これは検査拒否罪にはなりません。一般調査においてはあまり硬くならずに、ゆっくりした気分で素直に受けるのがいいと思います。
まあ一般調査では調査官も人の子ですから、受ける側が緊張して態度を硬化すると調査管も緊張をすることになり、スムースな調査の終結を阻害することにもなりかねません。
ただご無理ごもっとも、というへりくだった態度を取る必要もありません。言いたいことは言うべきです。憲法に従えば公務員は国民の公僕です。この辺のことは調査立会人たる税理士の采配に従えばよいのではないでしょうか。最終回は怖い査察調査について書きます。

9査察調査
 朝8時半、会社に出向くと強面の人達が10人ほど入口にたむろしていた。そしていきなり査察令状を目の前に広げて「国税局の査察です」と言われた。そんな経験をしたことはございませんか。
前回書きましたのは一般調査という任意調査についてです。任意調査と謂えども、正当な理由がなく調査を拒否すれば刑事罰を受けます。査察調査においては裁判所の令状を持っています。査察はれきっとした犯罪調査です。
従って査察に入られるケースというのはその殆どが周辺の証拠固めをされた上のことで、相当程度に大きな脱税(所得金額にして最低7千万円前後か)がされているのが普通です。首謀者は数ヶ月に渡って尾行もされています。
ただ一般調査で調査に入られて、それが査察調査に変わることもあります。
これを読まれて心がズキッとした方がいらっしゃったとしたら、かなりやばいかも知れませんよ。査察が動くときというのは、脱税をした当事会社だけではなく、その脱税に協力した関係社(者)のところにも同時に入ります。
当日は朝8時から夜の8時ころまで社長や財務担当者の行動を制限されるだけでなく、金庫を始め社長の日記からロッカーまで全部を見られます。
そして証拠物は押収され、その後は幾度となく国税局呼び出しを受けることになります。そして脱税額3億円が実刑が言い渡されるか、執行猶予がつくかの分岐となるのです。そういう状況を迎えれば普通の人間であれば、仕事など手が着かなくなります。
査察調査と一般調査以外で、一般的に「特別調査」(通常は「特調」と呼ぶ)と言われるものがありますが、区分上は一般調査に属するものです。