税制改正の方向

「租税は一国政治の枢軸なり。青史を繙くに、洋の東西を問わず、時の古今を論ぜず、善政は正しき税制と相伴い、苛税は粉淆せる政治と相表裏す。両者互いに因果を為して、或は国家を興隆の楽園に導き、或は之をして亡国の悲淵に沈ましむ。かかるが故に一国政治の要諦、延きて国民生活安定の基調は、正しき税制の確立にあり」
大正15年に発刊された「大日本租税志」の序文の抜粋です。
 今年、内閣府・税制調査会の専門委員会から、我が国の税制の現状や課題と、今後の税制改革の方向性の議論をまとめた『議論の中間的な整理』が公表されました。
具体的な方向として、所得税については所得の高い者にはより多くの負担を求め、相続税は基礎控除を引き下げて、法人税率は下げて、課税ベースは拡大の方向にあります。
この税制改革を進める上での視点として、「強い経済」、「強い財政」、「強い社会保障」の三位一体ということのようです。
しかし本当に「強い経済」にしょうとするなら、税制は限りなく簡素で税率も低いほうが良いし、「強い財政」と「強い社会保障」は相互に相反する概念です。従ってこの三つの視点は、論理的に破綻していると考えるべき。
 最も残念なことには、どのような国造りをしなければならないのか、という視座が欠けている。
「画竜点睛を欠く」とはまさにこのことで、日本の歴史や文化、またそこを起点として、どのような税制が相応しいのか、という議論が起らない限り、国民に、税制を積極的に支えていこうという意思の統一は図られないのではないか。
「大日本租税志」のこの序文を書いたのは、大蔵大臣官房文書課長の青木得三という人ですが、このように国をしっかりと見つめられる人はもういないのでしょうか。
 話は飛びますが、管内閣下において起こった尖閣諸島問題は、正に亡国の首相を頂いた日本の不幸とでもいうべき事態です。
1275年、時の執権北条時宗は元からの使者を屠りました。当時も今と同様、元との戦をすることについて、地方の豪族や御家人たちの間で上へ下への大騒ぎとなり、天下を二分しかねない勢いでした。
時宗がこの使者を斬ったのは、元と戦うということを、国内に示しその意思統一を図ることにあったと謂われています。退路を絶ったのです。
1891年大津事件では大審院院長の児島惟謙(ごしま・これかた)は、大国ロシアの恫喝に怯える内閣を尻目に、三権分立を楯にして、ロシア皇太子を切りつけた津田三蔵を極刑にはせず、謀殺未遂罪で済ましました。
政府も今よりは純朴で、一方でデーターを隠すことをして置きながら、他方で犯人の釈放を検察の責任になすりつけるような卑怯はしていません。
当時は世界中に恐露病(ロシアに対する恐怖心)が蔓延しており、津田三蔵もその1人であったようです。ロシアの思惑に追従せず、国内法でこれを裁いたことが、かえって世界中に日本の評価を高める結果となりました。
これらの例に観ることができるのは、リーダーの知恵と我が国日本に対する強い想いです。
今の日本は戦後左翼が政権を担っています。戦後左翼の国家観には、日本の歴史や文化というものに対しての正しい認識というものがない。
前鳩山首相は、『日本国は日本人だけのものではない。東シナ海を「友愛の海」にしょう』言った人物ですから、今回の尖閣諸島問題は起るべくして起った事件であるとも言えます。

更に話が飛びます。
今の日本は自らの国を自らの手で解体しょうとしている。日本人の国家解体は今回が初めてではありません。明治維新そのものが、当時の国を動かしていた武士が起こした解体劇です。
しかし明治維新は、日本と謂う国柄のコアの部分はきっちりと残しました。コアの部分、それがすなわち天皇家です。
 ヨーロッパにはキリスト教という、精神のコアがある。アメリカ人は一朝事があれば,星条旗の下に集結をする。ところが我が国には、八百万の神はあれど、バラバラ。統一的精神は血筋の強調、すなわち万世一系。列強の危機に向って団結し、日本民族を鼓舞する。これが明治の精神でした。
天皇家というのは日本と日本人にとっては国の紐帯とでもいうべき、文化の結晶であって、国家や国民の外にあるものではない。
天皇は我が日本と日本国民にとっては、それこそアダム・カドモンなのです。
欽定憲法下においても、内閣が政治の責任者であり、天皇を輔弼(ほひつ)するという形になっていました。明治憲法策定において、一番心が砕かれたところで、天皇を戴く日本の古来変わらぬ形を踏襲したのです。
ここが西洋などのキングとは根本的に違うところですが、左翼の連中には解し得ません。
戦後において日本解体は実にじわじわと行われています。民法も家督相続であったものが均分相続に変わったのが一つの例です。その確信犯が民法学者の「我妻榮」という説。
つまり我妻榮が、民法を改正するに当って、ヨーロッパのしかも、あまり有名でない国(どこかは忘れました)の民法典を日本に持ち込んだ、というものです。
家督相続というのは、本来家を護るためのもの。「家」の延長線上にあるものこそが皇室なのです。1999年(平成11年)には、男女共同参画基本法が成立。
嬉々としてこれに呼応しているのは左翼連中。
また、外国人参政権の問題や、夫婦別姓制などの話も出ておりますから、本当に日本はヤバイ状態にある。
そろそろ「正氣」を行う秋。しかし一市井人としては「愛国行進曲」を裏声で唄って、せめてもの溜飲を下げます。