経営はダブルスタンダードで

平成22年10月11日
 特定非営利法人関西事業再生支援センター
理事(税理士)倉矢 勇

1内部統制報告書
ご承知のことと思いますが、金融商品取引法の施行により上場企業は「内部統制報告書」を平成20年の4月1日以降に開始する事業年度から内閣総理大臣に提出することが義務付けられました。
一上場企業が支出する1年間の内部統制関連費用は1億とも2億ともいわれているそうです。中小企業には関係ないと思われるかも知れませんが、大手企業との取引をする中小企業は間接的にこの影響を強く受けることになります。
大手企業が警戒するのは、取引先である中小企業がもし不祥事を犯せば、それは大手企業の管理不行届きとなって、糾弾されるのみならず、中小企業からの購入部品などに問題があれば、大手企業のイメージ失墜となります。
逆に考えればしっかりした中小企業は大手企業の信頼が得られということになります。この「内部統制」という視点から考えなければならない企業リスクというのは多方面に渡るものですが、中小企業が考えねばならないものとして「不適切な会計処理リスク」、「製品事故リスク」などがあろうかと思います。
今後これに関して、大手企業が中小の取引先企業に対して、決算書の提出を求めてくることは十分考えられ、内部統制の有無はまず財務諸表に現れてくると考えて差支えありません。また今年の10月1日から「グループ法人税制」が施行されました。
これに先立って平成14年4月1日から法人においては連結納税制度ができております。税務の問題は企業経営に大きな影響を与えます。中小企業の会計処理は税務の影響を抜きにしては考えられません。
法人の大半が赤字決算を強いられる状況からすれば、法人をグループ化して連結納税を選択することで、大きな節税効果が得られます。
今後、この法人のグループ化が、内部統制の方向と相俟って普及してくるのではないでしょうか。

2グループ化が企業を強くする
 前回に紹介しましたが、平成14年4月1日から法人においては連結納税制度ができ、また今年の10月1日から「グループ法人税制」が施行されました。このグループ法人税制というのは、100%の株式を保有している完全支配関係にある法人との取引に関しては、資産等の移動を通じた節税を封じるだけの税制のようにも見えます。
大半の人は多分、ここだけを見ているのではないでしょうか。
しかし注目すべきは「グループ法人税制」のなかで「適格現物分配」については、簿価のまま親会社に資産を移転しても課税がされず、いわば組織再編がしやすくなっているのです。
一方においては「内部統制の整備」の流れがあり、他方においては「連結納税」や「グループ法人税制」の流れがある、ということに注目しなければなりません。
すなわち、これらはバラバラにできたように見えて、実は国が日本の企業の在り方につき、周到に準備をし、その方向を示した、というようにも見えるということです。
それだけではありません。最近の報道からもご案内のように、法人税率は下がる方向にあります。今年現在中小企業においては、800万円以下の課税所得に対する税率は、法人税と地方税(事業税を含む)を合わせて27%程度ですが、これを超える部分には、45%程度の税率で課税されることになっております。この高い方の税率が下がることになるのです。
また海外子会社からの配当については、外国税額控除制度から、受取配当金の益金不参入制度に改めら、税務実務は楽になりました。以上この2回で見てきたように、中堅以上の企業とそのグループに対しては、内部統制を強化しつつ、そのグループ関係の結合が更に強まるような税制になりつつあります。この流れはボヤボヤしている政権を尻目に、優秀な官僚群が考えたシナリオではないでしょうか。

3企業グループの結合強化はいいことだけではない
前回は政策の流れから、国は中堅企業の復活を算段しているのではないかと書きました。それも政府の気がつかないところで筋書きが作られているという風に紹介しました。
他方において私は消費税が下手をすれば日本の中小企業を滅ぼしてしまうのではないか、と考えておりますし、前回は15回に渡って「消費税が与える中小企業経営への影響」ということで、このコラムで消費税への懸念を書きました。これは、単体としての中小企業に対する危惧であり、中堅以上の企業がグループ化し、組織力を生かして復活してくるのであれば、話は違ってきます。しかしここに大きな陥穽が待ち受けているのも事実です。
内部統制が外内閣への報告義務や外部監査との兼ね合いで、誰からも理解されやすいものでなくてはならないものとするなら、内部統制システムそのものが普遍化されるということですから、企業文化がある一定の方向に向って収斂されるということになります。
その場合、中堅以上の会社の経営はすべてステレオタイプなものとなり、従って企業としての個性は無くなってしまいます。内部統制というのはISO規格による標準化と似たようなものであり、その企業の社風から独自性が消えてしまうことになります。
また内部統制やISOシステムから生まれる企業文化の普遍性は、人間から創造的にものを考える力を奪うことにもなります。このような企業群からは今ある製品や部材の高機能化というような発想は有り得ても、新製品や新部材を創造するということはできないでしょう。
ここに中小企業の生き残る道が開けているように思います。

4中小企業の生き筋
 上場企業に対する内部統制の強制、連結納税、グループ法人税制と、これらの流れはグループ法人間においては、その経営リスクを回避し、経営方針についてもグループ全体が標準化され、税金の負担も減りといいことずくめのように見えます。
またこうした流れは一面においては企業を強くすることも事実です。
しかし他方においてはマニュアル遵守に追われて、企業の個性、人間の想像力、各自の自由判断と組織の自治、臨機応変、といった機能を奪い、変化に弱い硬直化した組織グループを生むことになるのも事実だろうと思います。
端的にいえば細胞が弱るということです。明治維新を見ていましても、260余藩の群雄から明治を支える人材が輩出したのですから、この細胞が弱るということは由々しきことなのです。
従って強い細胞というのはこうしたグループから外れたところで、生きている中小企業ということになります。かといって、企業経営において内部統制を初めとする、国の方針から大きく外れることは、下手をすると中堅以上の大手企業との付き合いが断絶することにもなりかねません。
さてどうすべきでしょうか。結局のところ経営のスタンダードは二つ以上持て、ということになります。中小企業経営においては、社会向けの顔と、組織向けの顔の二つを使い分けねばなりません。
とりあえずは、財務諸表の作成などは、制度会計を正しく反映したものを指向せねばなりません。社会向けと組織向けという一つの組織において、このような使い分けが難しいというのであれば、会社組織を二つにするということがあってもいいのではないでしょうか。
一つは抑制の効いた紳士集団、もう一つは野武士集団というわけです。

5二つの基軸
 ダブルスタンダードの機軸で経営をするというと、二枚舌を使うのか、と言われそうですが、そうではありません。「組織向け機軸」と「社会向け機軸」。これを「陰機軸」と「陽機軸」すなわちこれを「陰」と「陽」に置き換えれば、すっきりします。
ISOはそもそも発祥がヨーロッパですし、内部統制というような発想も日本人のものではありません。これらは端的に言ってしまえば外面を合わせるためのものです。
これは日本人には限らないことだろうと思いますが、人間は内においては本来不羈奔放とでもいうべき自由を愛する性質を持っています。ISOや内部統制を重きに置き、これを金科玉条としなければならない組織というのは、やがて組織を構成する個人の精神的破壊を招き、内部から崩壊するように思います。陽機軸が外に向かって発信するエネルギーだとすれば、陰気軸というのは内に向かって収斂するエネルギーです。
そもそも日本人というのは、本質的にはこの陰気軸が勝った民族ですから、陽機軸だけではやっていけないのです。陰気軸といっても難しく考えることではありません。
喩えとして適切かどうかが問われそうですが、役所が各部所で隠し口座を作り世間の指弾を浴びたことがありました。あれなどはまさしく私の考える陰機軸に属するものであり、内部が融和するためには必要不可欠なものなのです。ただ問題は自由度が過ぎて、大きな金額になったということでしょうか。
こうした相反する二つの基軸を設けて、これを止揚しょうとすれば、そこに緊張を孕んだ大きな企業エネルギーが生まれることになります。
二つの基軸をどのように作るかは経営者の役割ということです。中小業の経営者は実に色々な局面に通じていなければならないのです。

6今の日本は敗戦前夜
 円高の影響もあって、事業の海外展開は当たり前のごとくになっています。素人考えですから外れているかも知れませんが、こうした状況がいつまでも続くとは思えません。
外に出て行った企業もいずれすべてが国内に回帰せざるを得ない時期がやってくるのではないでしょうか。日本の優れた技術は海外に伝播し、それらはやがて行った先でその地に根付き、そのうち日本は必要とされなくなります。
中国などは、レアメタルの輸出を制限するようになってきています。そのうち同じ現象が、一見協調的な産業連携や経済協力面にも現れてきます。その昔、満州に入植した開拓団が敗戦とともに、追い出されたようにです。
これは中国に限った話ではなく、国のナショナリズムというのは、何時の時代もそうしたものであろうと思います。水平的に国境が無くなって平和になる、などとノーテンキなのは、日本人ぐらいのものではないでしょうか。
先のアメリカと戦で、日本は完膚なきまでにやられました。辛うじて経済力は回復しましたが、その経済力も今や風前の灯火です。民度は地に落ち、世は混乱の極みにあります。「潮は沖の方から満ちてくるように見えて、その実足下から満ちていくものだ」との卓見を述べたのは本居宣長です。
種まきをするなら、海外にではなく、やはり足下の畑でなくてはなりません。海外に雄飛した企業はやがて、現地に技術と資産を残して撤退ということになりますよ。北朝鮮など、戦後の一時期経済がよかったのは、戦前に日本が残したインフラのお陰です。
日本の経済は近い将来に破綻するかも知れませんが、国内において自らの組織に人と技術を残せば、いずれまた日の目を見るかも知れません。
いささか方向違いで、頼りない結論になりました。