画商(平成20年1月31日)

1月24日の正午、顔見知りの画商が私の事務所に来た。痩せた男である。昼を食べに出ようかとしていた矢先で、迷惑だなと思いながらも話を聴くことにした。男は椅子にも座らず立ったまま、大きな風呂敷に包んだ2枚の絵を広げた。
 8年ほど前、近くの百貨店でこの男から上村松園の「序の舞」という版画を買い求めたことがある。この男との馴染みはそれ以来だ。「序の舞」は私の机の前の床に置き、壁にもたれさしている。
壁に掛けないのは、額縁からしてかなりの重量であり、落ちては困るからである。昔、先代の税理士が亡くなったときの葬式の当日、朝事務所に出ると、壁に掛けていた絵が床に落ちて壊れていた。見ると紐が切れている。背中に冷や汗が流れるような気色の悪さを覚えたものだ。
 以後、絵を壁に掛けるのは躊躇するのである。
 最近、ある会社から頂戴したモディリアーニの油絵の婦人像を、しばらく眺めていたが、邪気が漂っているようで、10日ほどで外しまった。この会社の応接室にあるときは訪問する都度、しげしげと眺めていたものである、が、手中に収まると感心しない。調べるとこの作家は若くして自殺で終わっている。
 男は私にこの2枚の絵をしきりに勧める。私は思った。まあ時代が不景気だから、絵も売れないのだろう。それで困って私のところに来たのであろう、と。
こうした謂わば押し売りは、いつもなら断るのだが、顔見知りということもあってか、そのような気にはならなかった。男は揉み手こそしないが、一生懸命に勧める。値段も若干負けるという。困ったときはお互い様と思って買うことにした。二つとも「序の舞」ほどの重量はない。2枚の絵はそれぞれの額縁との相性も良さそうある。早速大家に頼んで壁に掛けてもらった。
 毎日眺めているが、掛けてもらってからこの部屋に入るのが楽しく、部屋も落ち着いたようである。ゴッホの絵も、オリオン座の絵とその文も、私の事務所の雰囲気と恐ろしいほど、よく合っているのだ。
 そういえばこの男、数ヶ月前にも私の事務所に来て、展示会をするから観に来てくれと言ったことがあった。その前にも何回か来ていて、私の事務所の雰囲気はよく知っている。画商は、この事務所によくあった絵を選び抜いて持ってきたのだ。今になってそれがわかった。 
 「序の舞」は気品のあるすぐれた絵だが、私の事務所には合わない。これまでも眺めながら、事務所との違和感を覚えていたのである。
 最近、立ち寄った堺のうなぎやでこの「序の舞」を観た。
店は掃除が行き届き、窓は京風の格子が装飾されていて、坪庭の植栽には台杉が配置されいる。何組かの客が居合わせたが、静かであった。松園の絵はこのような雰囲気でしか合わないものなのか、と妙に納得をしたことである。
松園の絵は線も流麗で、色彩も洗練されているが、人を寄せ付けない厳しさも一面では持ち合わせている。この硬さがどうも私の事務所には合わない。
私の事務所といえば、各机には書類が積まれ、それに本棚、パソコンとその配線が乱雑に入り乱れている。
男が持ってきた一つは、日本人の画家によるパステル画で、キャンバスの半分は蒼い夜空に黄金に輝くオリオン座を配置し、残りの半分には水茎の跡も麗しく「オリオンの青き坐いまや眉間にてアメリカ東部の灯の海をゆく」と認めている。男にこの意味を尋ねると、何でもその画家がアメリカ大陸を飛行機で移動中に書き留めたものだということである。画家の名前は聞いたが、すぐに忘れた。
 想像するに、飛行機の窓から眺めたオリオンの青き耀きが前頭葉にちらつき感動しているのも束の間、下界を見ると、今度は絢爛たる街の灯りが目に飛び込んできた、といったようなことだろう。言葉に深い意味があるとは思えないが、天上に耀く清冽なオリオン座と、地上に見える街灯りのコントラストが面白かったのか。
 さて画商が持ってきたもう一つは、ゴッホが描いた絵の複製である。カフェテラスの灯りの下で、厚手の服を纏った人々が、テーブルに座っている。人の輪郭はぼやかして描いているが、星空のブルーと、ガス灯に照らされたであろう黄金色の壁がよく、観ているだけでほのぼのとしてくる。ゴッホが健康であった時代の作品に相違あるまい。ゴッホも自死で終わっているから晩年の作品である自画像などは、嫌忌が迫り、飾って楽しめるものではない。
 オリオン座とその横に配置された筆文字、ゴッホが描くところの黄金の壁は、殆ど日が射さないわが事務所には潤いをもたらしている。
二つの絵の素材と作風はまったく違うが、蒼と黄色が配色されていて、お互いに同調している。
 男は狙い済ましてこの2点を選び、持参したに違いない。お金に困ってであろうとは邪推であった。勧められたおり嫌気が差さなかったのは、彼の自信に私の魂が呼応したからだろう。
額縁と絵のコントラストも冴えている。大家もその点に感心していた。この男の歳は聞いていないが、私よりは上だろう。顔の色も唇の色も良くない。頭は私より白く、やや猫背で目だけが光っているこの男に今や尊敬の念が湧いてくる。画商一筋に生きてきた男、その目利きの確かさにプロはかくあるべし、である。こういうプロがいる。世の中捨てたものではありません。