unnkoの話19.6.3(日)

トイレにて19.6.3日(日)
昨日、近鉄百貨店のトイレを借りた。土曜日、誰もいない事務所に朝9時半出社。そのころから便意はあったが、我慢をした。昼も過ぎて3時ごろ、我慢は限界に達した。
といっても、事務所のトイレは使いたくない。トイレは事務所を出て廊下を東に5メートルほど歩いたところだが、和式である。昔トイレは便所といった。今でも便所という。
しかし、そこの便所に便座はない。ポットン式ではなくモチロン水洗式。天王寺区のビル2階であるから、ビルの便所がポットン式であれば、そのほうが不可思議。
昔、和式から洋式に変わりだしたころ、便座はなんとなく抵抗感があった。今や和式に抵抗感がある。たまに和式を使うとき、ひっくりかえりそうな予感はあるのだが、ひっくり返ることはない。昔とった杵柄というところか。しかし外人さんで足の悪いおばさんなどは和式を使うとひっくり返ることがあるそうな。想像するだに汚い。
 昔の便所はすべてポットンであった。ポットン便所はウンチが山となっているのが上から見えた。今の時期、その山には蛆虫が湧き、銀蝿が止まっていた。その銀蝿めがけてポットンをすると、銀蝿は見事に圧死をしたものだ。今の子らには、この楽しみはない。
 今は近視に乱視が混じり、その上老眼ときている。2メート先はメガネを架けていても、よくは見えない。昔はそのウンチ山に登って、手(あれは足か)をすり合わせている銀蝿が実よく見えたのである。やれ打つなハエが手を擦る足を擦る。芭蕉の句である。
 芭蕉もひょっとするとこの句をポットン便所で作ったのではないか。
子供の頃は慈悲心がなかったなあ。今もし、ポットン便所に入って、ウンチ山に銀蝿が止まっていたら、どうする。やはり狙うか。
 さてそんなことで、事務所ビルの和式は使いたくない。そういうときは、少し歩いて近鉄百貨店上六店の洋式を使わしてもらうことにしている。
めったにないが、ちょいと近鉄百貨店までといって事務所を出るときはたいがいウンチのときである。近鉄百貨店の阿倍野橋店では時々買いものをするが、上六店ではウンチをするぐらいで、多少引け目がある。
 まあ、同じ系列の阿倍野店はよく使うのだからいいだろうと、変な慰め、自己弁護に浸りながら9階までEVで直行。
 幸い、洋式は空いていた。我慢しただけあって太く長いウンチがすぐに出た。処理がすみ、水を流すと、これが流れないのである。
 最初、水の出が悪いのだと錯覚をした。もう一度水洗のレバーを引いた。水は出たが溢れんばかりになった。
 詰まったのである。腸はすっきりしたが、便器は詰まった。手を洗うもそこそこに、いやコソコソと、あわてて外に出て、あわててエスカレーターに乗って下った。
 多分水は溢れ出てはないだろう。でもごめんなさい、上六店さん。しかしその足で宝くじを買えばよかった、運が溢れ出て当ったかもしれない。
ではなぜ上六店の9階なのか、unn子は苦界(9階)に身を沈めた。と洒落ておこう。
それにしても汚い洒落である。まあザブトン1枚半てなとこか。