きれいごと言うな

中国人の宗文州氏が、「きれいごとを言いあっても世の中は変わらない」という本を出した。
本屋さんを覗いて面白そうなので買ってきたのであるが、まだ全部を読んだわけではない。
その一節に「終身雇用とか家族経営とかはうまくいっているときの蜃気楼みたいなものだな」と書いてある。まあそのとおりだ。でも私は蜃気楼ではあっても、こうしたスタンスを持っているのは決して悪いことではないと思う。
 もう一つ、私が好きな曽野綾子さんが、2月9日の産経新聞コラムに、相撲を道徳性とは無関係の職業と書いた。そこで次のような話を紹介している。
 川端康成氏と近藤啓太郎氏が銀座の高級バーの同じ女性をごひいきにしていた時代があった。ところが川端氏ほど大家ではない近藤氏の方は、まもなく軍資金が尽きた。すると近藤氏は相手もあろうに「川端さん、少し金貸してくれないか」と頼んだそうだ。
 すると川端氏は穏やかに「金がなけりゃ、払わなきゃいいですよ」と答えたという逸話が残っているそうである。
 曽野綾子さんはこれを評して、一見単純に見える言葉の背景には、実に多くの真理も偽悪的姿勢も、多重的な計算済みで言い表わされてている。つまり作家の世界も、誠実とか正直とかというものとは、全く別の価値観で動いているのだ、としめている。
 相撲社会では昔から当たり前のことなのに、それが証拠を伴った具体的な形で現れてくると、突然にマスコミはこれを糾弾するのである。
NHKは本当に怪しからんと思う。ニュース報道のトップにこれを持ってきて、しかも延々と叩く。今までそのお先棒を担いでいたのは、NHKと違うんかい。
 偽善がどれだけ世の中を悪くしているのだろう、と思う。
川端康成は、小説の中で(題名は忘れたが)、14、5歳の女郎を買った、という話を書いたことがある。多分実話に基づいてのことだろう。こんな小説を今は書けない。
 しかし、私などもそうしたきれい事の世界に毒されていることは間違いがない。気をつけよう。偽善家ぶるよりは、偽悪家でいる方がいい。