梅雨の合間に

夕飯と風呂をすまして、9時半ごろ外に出た。その前の日曜日に雨に濡れながら植え替えたアケビが根付いたかどうか、気になりだしたからである。
 植え替えたアケビは、南天や桑の木陰に隠れ、街灯の明かりだけでは見ることができない。家に戻って懐中電灯を持ち出した。
山好きの医師から教えてもらったことだが、アケビに実を付けさそうと思えば、3枚葉と5枚葉が必要だというのである。
つまり雄と雌が要るということだ。アケビを種から育てるのは難しい。これもその医師からの受け売りであるが、動物に食べられ、その種が他の場所で糞としてひり出されて始めて発芽するらしい。
今まで何回か種を採取して植えてみたのだがみな失敗した。そこで方針を変更した。
4月、山歩きの途中で、3枚葉と5枚葉の苗木を採取してきたのである。 アケビには葉の形からして、種類があるようだ。採取するにおいては注意深く、同じ種類であろうと思われる、3枚葉と5枚葉を探し出した。
これを鉢植えにしてしばらく様子をみたのち、植え替えたのだ。
3枚葉を2株、5枚葉を2株、それぞれを鉢から植え替えた。そのうち3株は間違いなく根付いたと思われるのであるが、どうやら1番奥に植えた3枚葉が枯れかけているようだ。

背後で「おじちゃん」と声がした。振り向くと、お隣の京ちゃんが立っていた。お父さんに駅まで迎えに行ってもらっての帰りだろう。車から降りたばかりで、中学校の制服に身を包んでいた。
車の止まる音と、ライトの明かりは確認したのだが、アケビに夢中になっていて、気にしてはいなかったのだ。
 しばらく見ない間に京ちゃんはすっかり背が伸びていた。薄明かりの街灯の下でもその黒い大きな瞳は前とは変わっていない。

 京ちゃんが家から片道2時間近くもかかるであろう、私立の中学校に通いだしたことは聞いていた。中学校といっても、看護士のコースも併設している学校だそうだ。これから8年間、通うのである。
京ちゃんが通学していた小学校は、歩いて10分ばかりのところにある。それが今年の春からは朝7時に家を出て、通勤ラッシュが始まるころの電車に2時間近くも揺られているのだ。ちゃんと座れているのだろうか。

昔、私の通っていた中学校は、自転車で30分ばかりの距離にあった。学校の行き返りには、そこかしこに自転車を止めて遊んでばかりいた。アケビを植えるのは、郷愁からである。
私にはもう一度帰りたい場所がある。それは今の時節なら冷風が吹き渡るあの山あいの峪だ。母が木陰で縫い物をし、私は清冽な流れに入って、沢蟹や小エビに夢中になったあの場所だ。今もその峪はある。帰ると橋の上から覗くのであるが、そこにある風景は私の記憶にあるそれとは明らかに違う。木陰をつくる栃の木は昔と同じだし、水も同じように流れている。しかし違うのである。

「おお京ちゃん、頑張っているんやてね」と、私は応じた。
「ううん」と伏せ目勝ちに京ちゃんは首を横に振った。それが照れなのか、本心からそう思っているのかは、街灯の下では判らなかった。
 何と問いかけたかは忘れたのだが、次に発した私の言葉にも、同じように元気なく「ううん」と答えてやはり首を横に振ったのだ。
 4、5歳頃の京ちゃんは、人なつっこく、明るくて無邪気であった。最近、京ちゃんの家に小型犬が貰われてきたのであるが、京ちゃんにだけは吼えなかったそうである。そういえば鯉太郎も京ちゃんが来ると、ゴム鞠のように跳ねて歓迎したものだ。
鯉太郎とは、我が家の庭に12年ほど住み着いている柴犬である。

 次の短文は、その無邪気であった京ちゃんを題材にしたものだ。と言っても京ちゃんは知らないだろう。これは平成14年に書いた。ちょうどその頃からから産経新聞の夕刊一面で、夕焼けのエッセイの連載が始まった。
 応募したところ、これが載ったのである。調子に乗って「盲導犬」という文章も書いて応募した。これも1月後に載った。ただこれは私の名前で応募しても駄目だろうと思い、妹の名前を借用した。


ぐみ
自宅前の植え込みに、グミの木2本を植えたのは3年前、赤い実は昨年もなり、今年もなりかけた。
が、白い目立たぬ花が咲き、青い実を付け、やがて黄緑が赤に染まりだしたころ、きれいさっぱり無くなった。
犯人はおとなり若夫婦の愛娘、京ちゃんである。なぜ私がそれを知ったのか。日曜日、京ちゃんが嬉々として私にそれを告げたからだ。
昭和22年。和歌山の田舎。私を身籠った母は、すっぱいものが食べたくて、畑の畦のグミをよく頬張ったそうな。
この話は母の膝でいつも聞かされ、それで私はグミが好きになった。
小学生の頃、叔母が黄色く鈍く光るアルマイトの弁当箱に真っ赤なグミを山のように盛り、塩をいっぱい降りかけて従兄弟と私のおやつにくれた。
甘味と渋味をないまでたグミは塩で更にショッパクなった。しかし従兄弟と私は夢中で食った。爾来、グミは塩で食うのが正式な食い方だと固く信じてきた。
今思うに叔母は梅雨時の食中りを心配したのであろう。さて京ちゃん、よくぞ採ってくれたなあ。美味しいものは他にたくさんある時代だ。
あまり食べはしなかったろう。朱に染まりかけのグミは君の心に何を映じたのかな。大きくなって家庭を持ったら、庭にグミの木植えたまえ。
そして君の子らに伝えてよ。隣のおじさんが大事にそして楽しみにしていたグミを総ざらいしたことを。
ひそかに願う、君が年老いたとき、その昔歩道にあったグミがひとすじの希望になることを。

この文書(グミ)を書いてから8年が経ったのだ。
最近、植えたのはアケビだけではない。ムベも植えた。これは種を植えたところ発芽した。ムベはアケビの仲間である。種は一昨年の秋、湯布院の街頭でこっそり採取したものだ。
それにサルなしも植えた。金剛山の登山道で種を採取して鉢植えにしたところ発芽した。サルなしは「またたび」ともいう。キウイの仲間でもある。
最近、家内に言ったことがある。「オシメを巻いたら、京ちゃんが面倒を見てくれないかな」。が、無視された。
しかし今の京ちゃんにそれを告げるのは酷というものだ。彼女は思春期の入口に立ったばかりである。