資格の問題19.7.21(土)

大阪のご意見番、谷沢永一関西大学名誉教授はVoice8月号にて、教職免許に10年の有効期限を定めるのは時宜に叶っているが、研修の講習を義務として修了すべしとしたことで、更新の意義が骨抜きになったと嘆いていらっしゃる。
 また、教員のみに10年の査定を課すのは不公平であるから、司法試験合格者も官僚も10年に限定すべきでではないか。その理由として、10年も経てば精神も緩むし、渡世の垢もつく、浮世のしがらみにも身動きならないほどまといつかれる、出世欲・売名欲も逞しくなる、と書いていらっしゃる。
 ところで税理士はどうかというと、平成13年の税理士法改正で年間36時間以上の研修を義務づけられた。私もこの36時間研修は毎年受講している。
 しかし、弁護士と教職員ないしは官僚と同一レベルで論じるのは如何なものだろうか。
国家資格を得て民間で活動している人間というのは、まあ例外もあるだろうが、大抵は実直で、実務に必要な研修を受け、自らも社会情勢の非常な勢いの変化に付いていくべく、研鑽も積んでいると思うのである。
 資格を取得しただけで飯が食える時代は既に終わった。士業であっても、創意、工夫と宣伝の時代に入ったのである。安穏とはしていられない。税理士という職業から推して、弁護士さんも多分同様であろう。
学校の先生や、官僚諸氏も大半は真摯に生きていらっしゃるに違いがない。職業柄、接することの多い国税の専門官は間違いなく優秀である。
 ただ、最近の年金問題など観ていると、これは政治家や政党の問題ではなく、やはり官僚や官吏の体質の問題であるように思う。
 同じくVoiceの8月号で堺屋太一氏が、「官僚無能論」を書いていらっしゃる。
官僚組織は機能であるが、誕生と同時に組織のメンバーが幸せであればよいとする共同体に堕落し、従って官庁で出世をするのは、同僚のために尽くした人々である、とのことである。アメリカと戦って負けたのも、この官僚組織が災いしたと書いておられる。公務員の任期10年説を堺屋太一氏も説いている。
公立学校の先生にしても、純粋培養されたまま大学を出て教職員の免許を取り、しかも子供が相手。世間からの評価と言えば質の悪い父兄からの罵詈雑言を受けるだけで、大過を犯さなければ生涯の身分は保証され手いるのであるから、高い志がなければ、堕落するのに10年は懸らないかもしれない。同じ先生でも塾の先生なら成果が求められる。
 税理士という職業は、税務と会計の知識があればよいのかというとそうしたものでもない。税理士は医者であり芸者であり役者であり易者でなければ務まらない、といったようなことを何かで読んだ記憶がある。やはり経験が大事なのである。
 また、これに関連して日本経済新聞の今年7月5日の記事によると、教員の免許更新時の講習は「社会性・対人関係」「使命感・責任感」が教科や生徒の指導力、学級運営と並んで重要視されるとのことであるがこれは、教員であるから特別に必要ということでもないだろう。およそこの世において職業を持つものはすべからく、培養しなければならないものである。