お月さん
このところずっと月を観たいと思っていた。もう永いこと観ていない。街でたまに見る月は、人工の灯りや喧騒が邪魔をして風韻がない。自然界の月を観たいのである。
中天、夜のしじまに満つ月は、借景を墨絵に変え、田畑は金色に浮かばせる。それは見慣れた昼間の世界ではない。
一歩戸外に出れば体は忽ちその光りに同調して空中に浮揚し、二度とこの世に戻れないような雰囲気を持っている。
煌々たる光りは近くの木々の闇をさらに暗くし、怯えた百鬼が息を殺してその闇に潜んでいそうな気配さえ覚える。
子供の頃、遊び疲れて縁側で寝てしまい、ふと目を覚ますと月が天上に耀き、私はその光に包まれていたことがあった。やわらかな寂光は時を止め、荘厳なる世界のなかに私は居た。小学生の時分であったにも拘わらず、この世のものでない世界を垣間見たような気持ちにさせ、魂が永遠であることの啓示を受けた瞬間である。それは名状しがたい陶酔のひとときでもあった。
そのような月に憧れていたところ、念願が叶いそうな場所を見つけた。奈良県大塔村天辻峠だ。道の駅ができ、村営と思われるログハウス風の宿泊施設が設けられている。
墓参りで和歌山に出かけ、いつもは海岸線を往復するのであるが、今年の夏、行きは309号線で北山から熊野に抜け、帰りは168号線で新宮から十津川を越えた。その折見つけた。
我が家からはおよそ二時間もあれば行ける距離にある。
天辻峠は奈良と和歌山の県境にある。近くに天誅組本陣跡を史跡として残し、そこから南を望めば十津川の山並みが幾重にも霞む。まわりにネオンも民家もない。
宿泊施設は国道から西に50メートルほど登った山頂の裏側だから車道の騒音も聞こえまい。ここであれば存分に月を眺められるであろう。
今年、中秋の名月は9月28日。その日は平日の水曜日であるからその前の土曜日でも良い。
50余年を生きてきて月の光を浴びれば、あのときの陶酔が蘇るだろうか。月の光は心身を突き抜けて再び私の魂に届くであろうか。
― 生き死にのこの世のほかに春立ちぬ今宵満月蒼く冴えたり ―
知り合いのご婦人瀬上とね子氏がその歌集に収められたものである。
お月さん、またの名を月光菩薩とおっしゃる。