馬鹿

馬鹿は、その馬鹿さ加減に気が付かないから、馬鹿なのである。
この馬鹿という表現は多分公には使ってはいけないはずであるが、まあ余り読者数の多くないホームページ上での賑やかしであるから許されるであろう。
 また馬鹿といっても人様の悪口でなく、自らの謙遜?として使うのであるから尚更である。実は最近メモを執ることが多くなった。
 昔からもの覚えは良いとは言えないが、それでも仕事上でのやり取りは結構長いこと覚えていたような気がするのであるが、それが最近どうも怪しいのである。
 しかしだからと言って、極端に記憶力が落ちたということでもない。実のところ、落ちたかどうかさえ定かではない。落ちたような気がするということである。
 本当に落ちてきているとしたら、本来覚えていなければならないことも忘れている訳だから、覚えたということさえ忘れているはずであり、従って忘れたという記憶もないことになる。そのところが実に心配なのである。
 最近、私とそう歳の変わらない友人と話をしていて、「某氏も死んだなあ」と言ったところ、その友人「えっ、某氏が死んだ?」と聞き返されたことがある。
 私にすれば、その友人にはその事を先に電話で話した記憶があるから、聞き返されたことが逆にショックであった。某氏の死を私がその友人に話したことが錯覚だったのか。あるいは友人は私が話したことを忘れたかであるが、人の死というのはそう軽くない話で、もし友人が私が話した事を忘れていたとしたら、年齢が近いだけに、自らを鏡に写しているような気色の悪さを覚えたのである。