継続か廃業か
事業継続が難しい時代に突入したと思わずにはおられません。我が国を代表するような企業であっても、雁行的な企業系列のもと、国内の需要も輸出も満足させられる状況ではなくなりました。
国の内外を挙げての厳しい企業間競走から、今までは国内の下請けに出していた仕事を海外で賄う時代となったのです。現状を観察しますと中小メーカーの受注は、景気の変動とも関係しますが、時には回復の様相を呈しつつも、長期的には企業数を含めやはり減少していくのではないでしょうか。
今後日本で、中小メーカーが生き残りを賭けるのであれば、賃金は下げなければいけません。賃金を下げ、倒産や廃業の危機を先延ばしにして時間を稼ぎ、存続の工夫をしつつ環境の変化を待つということです。人件費が下がるところまで下がって、海外の国々とその水準が均衡してくるのであれば、日本の製造業もまた復活してくると思います。
1賃金が下げられるか
人件費は業種を問わず、なかなか下げられるものではありません。しかし今や賃下げについては躊躇をせず下げなければならない時代となりました。賃金は下げて、企業の温存を図り職場を維持するほうが大事です。
また同時に、労働生産性を高める工夫が必要です。これはある大手メーカーの工場を見学したときの話ですが、その工場には時計が三つありました。
一つは通常の時刻を刻む時計です。もう一つはその日の生産台数が180台とするなら、時間当たりの生産台数は決まっていますから、午後三時までには何台が完成していなければならないかという進捗率を表わす時計です。
そしてもう一つはその時間までにラインが何分止まったかを表示する時計です。工員さんは工具とマニュアルを持って工場内を忙しく動いておりました。
この工場では歩幅や、人の行動特性までも計算して工場の設計をしているのであろうと思います。これでは工員としての寿命は40歳が限界ではないかと思いました。それ以上の年齢になると体がついていかなくなるでしょう。
その点においては、中小企業は恵まれているように思います。それは厳しいノルマや生産性に追われることもなく、まだ働く側に自由裁量があって、勝手に休憩をとり煙草を楽しむ時間が保証されています。従って中小企業の賃金が大手企業と比べて低いのは止むを得ないことです。
しかしそうした中小企業においても、賃金を下げ、生産性を上げる工夫をしなければなりません。まず生産性を上げるということですが、中小企業の場合、先ほど紹介した大手企業のような生産性の向上は望めません。物造りの企業で1秒を争うような生産性の高さを工夫する場合、どれだけ反復・継続した生産量があるのかということと関係してきます。残念ながら中小企業にそのような多くの生産量が期待できるような仕事はきません。
中小企業の生産性は全く別の角度から考えねばならないように思います。それにはまず社員の自発的意思力を信頼して権限を移譲するということから考えねばなりません。
つまり個々の従業員に創意し工夫する権限を与えるということです。
ただ移譲できない権限というものもあります。その移譲できない権限の一つは人件費の決定に関するものです。この給料の決定権を部下に渡してしまいますと、人が使えなくなります。嘘だと思うなら、一度試してみて下さい。
権限を渡す一番手っ取り早い方法は、経営理念と行動指針を示すことです。これをどのような形で公開するのかは知恵のいるところですが、書き出して唱和し、あるいは目につくところに張り出すというようなことでいいのではないですしょうか。
先回も書きましたが、就業規則を進化させるのも方法です。
企業においては当たり前のことですが、トップの権限が最大のものです。社員さんの権限といっても、それは社長のそれとは同じではありません。
従業員の権限というのは会社の経営方針と課題を正しく理解し、その範囲内においてのものです。従って会社側としては経営理念や行動指針を示す必要があるということです。こうしたものが明快であれば、従業員は動きやすくなります。
行動指針は規範性があればよいのであって、あまり細かくしますと、従業員にすれば、そこに縛られ返って行動の障害となります。行動の規範性を示すことで働く側の自由度を増すようにすれば、能動的に仕事に取り組めます。
くどいですが、賃金を下げるということについては、中小企業の現状を見る限りにおいて殆ど時間的猶予はないものと思います。昨年度と比較して利益が出ている企業というのはないわけではありません。しかしそうであっても、賃金は下げるべきです。
経営者は賃金を下げ、同時に従業員の満足度を高めるという連立方程式を解かねばならないのです。
2廃業の選択ということ
しかし仕事が極端に減り、借金もかさみ、継続がどうしても無理であるという状況も観られます。なかには経営者が代われば上手く回転しだすのではないか思うこともあるのですが、経営者の代替というのはおいそれと見つかるものではありません。
昨年のことですが、私はある社長に廃業を進言しました。その社長からは、事業を閉める時期が来たら教えてくれと言われていたので、それを実行に移したのです。
社長は実にあっさりと私の助言を受け入れて下さいました。
廃業を内外に宣言したところ、受注が舞い込みました。止めるのであれば買い溜めをしておこうということです。おかげでその後3月間は忙しく、思わぬ利益も出ました。
社屋だけは借金がなしで残りました。今その社長と、残った社屋をどうするかの検討に入っています。
過去においても、自ら創業した成績の良い会社を、後継者の不在を理由にM&Aで手放した方がいらっしゃいました。私はそれを不思議な思いで眺めていました。というのはそれこそ手塩にかけて磨き上げた会社を、しかも優秀な業績であるにも拘らず、ためらうとなく手放したということに対してです。
ここで紹介した2人の特長は、執着がなかったということに尽きます。執着を絶つというのは、誰にでも出来るものではありません。これも才能(あるいは人生観)の一つです。
お二人とも、決断をされたのが60歳台で、ともに後継者がいなかったというのも、判断の要素にはあったのかも知れません。
状況が廃業を許さないということもあります。経営者の年齢も若く、借金過多で廃業をすれば生活も失ってしまう、というようなケースです。
このような状況下では、経営者自身は大抵の場合、判断能力を失っています。虚心坦懐に誰かに相談をすべきです。相談相手として利害関係者、あるいは今後利害関係者として登場してくるかも知れないような相手(例えば弁護士)は避けるのが懸命です。
3以下は廃業を選択する目安です。思いつくままに挙げました。
(1)その業種の展望はどうか
時代が職種を生み、そして退場を促します。その見極めが大事です。
(2)家族がいる場合、自宅を失うまでの勝負はしないこと
美談では自宅を失ってから起死回生を果たした話は、耳にしますが、まあ誰にでもできることではありません。それが出来るのは、それまでも幾多の難関を切り抜けてきた沈着冷静の勇者だけです。今の世代は鳩山さんを例にとるまでもなく、みんなヤワです。
(3)手形はあるか
手形を切って事業をしている場合は、その手形を事前に回収しておかねばなりません。
回収ができないというのであれば、廃業の選択はできません。倒産あるのみです。
(4)倒産するにも金がいる
倒産という事態に至って、弁護士費用もないというケースはよく見かけます。廃業はその一歩手前でなければなりません。
(5)身内に債務保証者はいるか
一族郎党が会社の借金を保証し、倒産すれば全てを失うようなケースでは、廃業すらできません。このようなケースでは事前に債務保証者の保証を回避しておくことが必要です。
(6)業態の変化は可能か
業態を変える場合、自らの能力を正確に評価しなければなりません。またそれに伴う新規設備投資の手当と、市場のリサーチもしなければなりません。新規開業でよく見かける失敗は、自分の好みや思いだけで開業をしてしまうケースです。