ゴミの効用19.8.4(土)

7月29日は310号線石見川沿いに車を止めて、東條山に登った。今年は50回の山登りを計画し、7月29日で28回目である。この日の計画はTさんが立てた。
 昨年の10月頃から、毎週日曜日ごとに登りだした。発端はアーバンベネフィットの会長木村勝男氏が、そのお話の中で年間50回の山登りをしているとおっしゃつたのを聞いたことによる。始めてから既に10月を経過した訳で、三日坊主の私がそれにしてもよく続いているなあと思う。これはメンバーにTさんが加わってくれているからである。
 もしTさんがいなければ、まあ今年の2月辺りで頓挫していたことであろう。
7月29日も、石見川沿いに車を止めたのはよかったが、登り口が分らない。最近道路工事をしたらしく猪除けであろうか、道路沿いにフェンスが張られているのである。
川を隔てた向かいには集落があり、多少気が引けたがそのフェンスの一部を少しこじ開けて、そこから登ることにした。これもTさんの発案である。いったん山に入ってしまえば何とかなるもので、彷徨うち道を発見、東條山を目指した。
 尾根伝いに歩く山路は、意外と涼しい。汗はかくが市街地の暑さとは質が違う。雑木を縫って流れる冷風は肌に心地よく、夏も盛りの緑の葉が太陽の照りを防ぎ、決して直接人体に届くことはない。
 地図を確認し、磁石で方角を確かめ、どうにか東條山に辿りついた。が、頂上はめださず、途中から脇路に転じた。その道はあまり人が入らないらしく、人一人が通るのがやっとであった。やがて路は下りに転じた。
 そこでビンや缶が数十個、落ち葉に半分ほど埋まって転がっていた。よく見かける光景である。山に登って、その道すがらあるいは谷沿いに、ビニールの袋や、ペットボトルが捨てられているのは見苦しいものがある。
 私らは、それを拾って袋に納めた。空き缶などは朽ち掛けていて、その一つからは蟻とその卵が飛び散った。蟻は慌ててその卵を回収している。捨てられた空き缶は、この小動物に絶好の棲家を提供していたのである。
 多少申し訳ない気持ちにはなったが、今更元に戻す訳にもいかず、そのまま袋の口を閉めた。回収したゴミを入れた袋は二つになった。私はその二つを左手に下げたのである。
 ところがその後、路を下る過程で迷ったのである。峪に出たのでそこを降りだしたのであるが、これが結構切り立っている。そろそろ、マムシが子を孕む時期でもあり、薄暗い谷間で、四人のうち誰かが滑ったり、又はマムシのでも咬まれたら堪ったものではない。
それによる二次災難だって起きかねない。そうなれば、助けを呼ぶのも大変である。
 私は元来た路に戻る決心をした。とは言っても相当降りている。路に出るべく山を横切るようにして、登りだした。山に迷ったときは、元の道に出るか。山頂をめざすに限る。左手に持っていたごミ袋の一つが私の手を離れて転がって落ちていった。木に引っかかったのは見えたが、もうそれを拾いにいく気にはなれなかった。
もう一つの袋も、底が破れて、中の缶やビンがこぼれ落ちそうになっていた。
私はその袋も捨てる決心をして、木に結わえ着けた。しばらく登っていると、また空き缶を見つけた。空き缶を見つけたことで、私はホッとした。路は近いと思ったのである。
 案の定、すぐに路は見つかった。
小動物に棲家を提供し、私に安心を与え捨てられた缶やペットボトルには、結構効用がある、とその時始めて思った。
 散らばったごミは汚いものであるが、それを汚いとするのは人のエゴかも知れない。