古里の酒

この正月の2日峰地直一さんところによった。実は昨年の夏ちょいと顔を覗いたところ、ご夫婦して健在でいらっしゃった。それでまた寄る気になったのである。

 峰地さん宅は、和歌山は古座川町の椎平だ。山の中腹で下の道からは想像できないが、周囲1キロあるかないかの平地にある。まあ平地といっても山間部のことであるから、凹凸はある。

 昨年ここを訪れたのは、実に40年ぶりであった。見晴らしがよいからかどうかわからないが、瀟洒のお家が4軒建っていた。建ったのは最近で建てたのは地の人ではないらしい。峰地さん宅を入れて合計5軒がこの周囲1キロほどの中にある。

 私も昔ここで暮らしていた。その家は今はない。今年尋ねたのは正月の2日夕刻時のことで峰地さんご夫婦はちょうど食事時であった。酒をご馳走になってしたたかに酔った。

 ここで暮らしていた頃、よく狸に騙された。例えば夜、外は満天の星空のはずが、急に霰が降る音がしたり、昼間であれば遠くの山で木を切る音と、その木が倒れる音がしたりする。その木を切る音、その木が倒れる音は、人がそれをやる場合とは明らかに違っている。今思うとそれは不思議な体験なのであるが、当時は家族も誰もそれは不思議でもなんでもない日常であった。

 今でも狸が悪さするのかどうか峰地さんに聞けば良かったと後になって思ったが、その時は忘れていた。でもないやろなあ、町屋のような家の4軒も増えたことがそうしたメルヘンチックな想いを打ち消してしまう。

 それともう一つ思い出すのは晴天下における月夜だ。その月明りが煌々と辺りに映え、山並みと田畑の陰翳を際立たせる。異次元の世界が出現し、遊びに出られそうなのに、それを憚るような神秘がそこにはあった。

 頂戴したのは日本酒とビールである。峰地さん宅を辞して妻の運転で予約していたホテルに向かった。山の細道を下まで降りる途中に上ってくる車2台を交わしたところまでは記憶にあるが、後の記憶はホテルの部屋で目が覚めるまで何もない。峰地さんありがとう。とても良い正月になりました。

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