女の戦略

もしもし、わたしよ ワタシ、久しぶりね。ねえ元気?唐突だけど、ねえ、わたしをあなたの二号さんにしてくれない。それにあなたの二号さんになったからといってお手当て頂戴なんて言わないわ。主人ねわたしに退職金のこと隠していたのよ。もう限界ね、わたしねこの家出たいの。こんなこと急に言われてあなた困っているでしょ、ウフフ。
主人ね、今下の階でしょうもないテレビ観て笑っているわ、気楽なもんよ。わたし二階であなたに電話しているの。
主人今年の春、停年で退職したんだけど、わたしに退職金の話しないのよ。それでおかしいなと思っていたら全部自分の口座に入れてお小遣いにしているみたいなの。今、失業手当貰ってんだけど、働く気はもうないみたい。だいたいうちの主人ときたら今までからしてわたしになにも言わないし、相談してもなにも答えないのよ、その癖あとでグズグズ言うのね。ご飯を作っても美味しいと言われたことなど一度もないわ。女ってねご飯作ってちょっとでも褒めてもらったらそりゃ嬉しいものよ。でもそんな気配りなどしない人よ。この家を買う時だって、隣の土地を買う時だってそうよ、わたし一人で計画したの、子供だってわたし一人で育てたんだから。
それがね最近になって退職金が入ったことが分かったからわたしに頂戴と言ったのよ、そしたらなんて言ったと思う、俺は泉大津に親の残してくれた屋敷がある。そやからこんな三田の家は要らへんかったし、土地も欲しくなかった。それをお前が勝手に買ったやないかと言うのよ、それだったら買う前にそう言えばいいじゃない。
おまけに三男が結婚するっていって家を探した時だって俺には一言も相談がなかったと言うのよ。今頃になって退職金渡したくないからってそんなこと言うの卑怯じゃない。それで大喧嘩よ。
だいたいいつもそうなのよ、後になってから文句は言うんだけど、その時はなにも言わない人なの。それにね短気なの、家族で食事に出かけたときだって、急に怒りだしてもう帰るって言われたことなどしょっちゅうよ。今まで何度も叩かれたわ。行儀も悪いし、だから主人と一緒にいるところ知り合いに見られるのがわたしすごく厭なのよ。あなたの傍にいるところだったら人に見られても少しも厭じゃないと思うわ、ねえあなたはどうなの。
生活だって大変だったからわたしもパートに出て家計を支えてきたの、もう二十年近くパートに出ているわ。子供を育てながら家事の一切はわたしがしてきたのよ。
主人の両親の面倒だって、主人一人っ子で兄弟いないからわたしそれなりに頑張って看たわよ、もう亡くなったけど。それなのに主人ときたらそんなこと当たり前の顔して知らん顔よ。
主人の稼ぎですべて賄ってきたわけじゃないのに、家の名義だって主人のもんだし、隣の土地を買ったときだって名義どうするって聞いたら俺にしとけと言うからそうしたわ。これならわたしの名義にしとけばよかったわ。そんなんだからこれまでだって夫婦喧嘩はしょっちゅうしてきたけど、今回はほとほと愛想が尽きたの。
そもそも結婚が間違っていたのね、二十三歳のときよ、親がうるさいし、それで姉の持ってきた写真で見合いをしたの。そうしたら主人の両親の方がわたしを気に入ってくれたの。その両親がね、うちの息子は内気で無口だからあなたにちゃんとした気持ちは伝えられないみたいだけど、息子もあなたのことをとても気に入っているようだから是非お嫁になってやってと言われちゃったのよ。
当時、わたしもちょっと捨て鉢になっていて、それって半分あなたのせいよ、だから、まあどうでいいと思ってしまったの。母には言ったわ、駄目だと判ったら戻ってくるからって。でも結婚してすぐに赤ちゃんができたでしょう。そのあたりが結局わたしの運命なのね。
わたしね、退職金が入ったら、台所と風呂場を直そうと思っていたんだけど、それも止めね。離婚のこと友達にはまだ言ってないの。でも子供には言ったわ。子供も薄々わたしたち夫婦の関係がおかしいことに気がついていたみたい。しょうがないねと言ってくれたわよ。きのう、役所で離婚届けの用紙貰ってきたの。
わたしねこう見えても遣り繰りとお金の運用は上手よ。主人は知らないけれどお金だって五千万円はあるわ。慰謝料だって取るわ。パートも六十歳になるまであと七年は続けるつもりなの。だからあなたに迷惑かけないわよ、それにあなたとのこと誰にも喋らないわ。だから、ねえ二号さんにしてよ、ねっ。

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